百人一首
【原 文】小倉山峰の紅葉葉心あらば いまひとたびのみゆき待たなむ
【上の句】小倉山峰の紅葉葉心あらば(をくらやまみねのもみちはこころあらは)
【下の句】いまひとたびのみゆき待たなむ(いまひとたひのみゆきまたなむ)
【決まり字】2字決まり「をく」
超現代語訳
あのさー、
醍醐(だいご)天皇が来るまで、散らずに頑張ってくれないかな?お願いっ!紅葉ちゃん
歌のポイント
- みゆきちゃんが待っている歌ではない
- 感動的で素晴らしい紅葉の景色を醍醐天皇にも観せてあげたい!と、伝えるために詠んだ優しい歌
- 紅葉に話しかけちゃったユニークな人物が詠んだ歌
- 醍醐天皇をさりげなく紅葉狩りをお誘いしてる歌
歌の情景
この歌は、小倉山の紅葉があまりにも美しいので、その景色を醍醐天皇にも観てもらいたいと願って読まれました。醍醐天皇が見に来るまで、美しさをキープするようにと、紅葉に語りかけています。
語意
【小倉山】京都市右京区にある山 紅葉の絶景スポットとしても有名で歌枕になっている
【心あらば】人の心をわかってくれるなら
【今ひとたびの】せめてもう1度だけ
【みゆき】天皇のお出かけ
【待たなむ】待ってて 「なむ」は相手に対してお願いの意味の終助詞
歌の分類
【歌集】拾遺和歌集
【歌仙】-
【テーマ】秋の歌
【50音】を音
歌を詠んだ人物
【作者】貞信公(ていしんこう)
【性別】男性歌人
【職業】公卿(現代職業:政府役人)
【生年】元慶4年(880年)
【享年】949年9月9日(天暦3年8月14日)
貞信公は、藤原忠平(ふじわらのただひら)です。父・藤原基経(ふじわらのもとつね)の4男として生まれ、兄の時平(ときひら)・仲平(なかひら)らは、母が同じ兄弟です。幼い頃から、教養が非常に高く、そしてビジュアルも良くおまけに性格も優れているとされ、全てが超パーフェクトな人物でした。
政府役人として様々な活躍をみせ、順調に出世していきます。兄・時平亡き後は、時平の意志を継ぎ法律の「延喜格式(えんぎきゃくしき)」を完成させ、さらに第60代醍醐(だいご)天皇の目指す延喜の治(えんぎのち)を成功させました。延喜の治とは、摂政と関白のポジションを置かずに政治を行うスタイルです。
その後、第61代朱雀(すざく)天皇の時代には、関白のポジションで政治をサポートし藤原氏が大活躍する礎を築きあげ、病により70歳で人生に幕を閉じました。貞信公は、亡くなってからこれまでの活躍が高く評価される人にプレゼントされる送り名です。