みよしののやまのあきかせさよふけて / 参議雅経

2字決まり

百人一首

【原 文】み吉野の山の秋風さよ更けてみよしののやまのあきかせさよふけて  ふるさと寒く衣打つなりふるさとさむくころもうつなり

【上の句】み吉野の山の秋風さよ更けて(みよしののやまのあきかせさよふけて)

【下の句】ふるさと寒く衣打つなり(ふるさとさむくころもうつなり)

【決まり字】2字決まり「みよ」

超現代語訳

昔はここ、吉野もイケてたんだよね。でも今は、寂しい音しか聞こえて来ないね。寒い秋だよね。

歌のポイント

  • 「みよ ふる」と覚える
  • 蹴鞠のプロフェッショナル・飛鳥井家の祖が詠んだ歌
  • 戦いに行った夫の無事を祈り続ける妻の気持ちを詠んだなんとも切なく寂しい歌

歌の情景

この歌は、「擣衣(とうい)」をテーマに詠んだ歌です。「擣衣」とは、「衣をうつ」ことで、砧(きぬた)と呼ばれる木の台に布を乗せて木槌で打ち、表面に光沢を出し柔らかくする作業をいいます。戦いに行った夫の帰りを待つ女性たちの仕事で、晩秋の風物詩でもありました。かつて天皇の別邸があって賑わった吉野の秋に、砧の音が響き渡る様子を歌い上げています。寒い夜に夫の無事を祈りながら衣を打つ妻たちの気持ちを歌にしています。

語意

【み吉野】「み」は美称の接頭語。奈良県吉野。
【さ夜ふけて】夜がふけて。「さ」は語調を整えるための接頭語。
【ふるさと】ここでは、吉野のこと。昔、吉野には天皇の別邸が置かれていた。
【寒く】気温が寒いの意味と、今は寂しいの意味。
【衣うつなり】衣をうっている。織った布を木の台に乗せて生地を滑らかにしたり、つやを出すために木槌で打つこと。晩秋に多く行われた。「なり」は詠嘆の意の助動詞。

歌の分類

【歌集】新古今和歌集
【歌仙】-
【テーマ】秋の歌
【50音】み音

歌を詠んだ人物

【作者】参議雅経(さんぎまさつね)
【性別】男性歌人
【職業】上級官人(現代職業:エリート官僚)
【生年】1170年(嘉応2年)
【享年】1221年4月5日(承久3年3月11日)

参議雅経(さんぎまさつね)は、藤原雅経の事で、蹴鞠・和歌・書道のプロフェッショナルな飛鳥井家の祖となる平安時代末期から鎌倉時代前期を生きた人物です。

父は、藤原頼経(ふじわらのよりつね)で、源義経(みなもとのよしつね)と大の仲良しだったことから、源頼朝(みなもとのよりとも)に父と一緒に罪人として鎌倉に連れて行かれてしまいます。しかし、頼朝に和歌と蹴鞠のスキルを非常に気に入られ、罪を許して貰えました。頼朝の子どもである93番の歌人・鎌倉右大臣(かまくらのうだいじん)こと実朝(さねとも)とも蹴鞠や和歌を通じて大の仲良しになり、頼朝とも親子関係となります。

京都に戻ったあとは、第82代後鳥羽(ごとば)天皇に仕え、そして歌人としても活躍しました。そして後鳥羽天皇の命令で作られた新古今和歌集の撰者の一人にも選ばれました。鎌倉右大臣・実朝と藤原定家(ふじわらのさだいえ)の仲を取り持った人物でもあります。今日まで続く蹴鞠のプロとして飛鳥井流と確立し、飛鳥井家の初代となりました。勅撰集に132首収められています。