百人一首
【原 文】立ち別れいなばの山の峰に生ふる まつとし聞かば今帰り来む
【上の句】立ち別れいなばの山の峰に生ふる(たちわかれいなはのやまのみねにおふる)
【下の句】まつとし聞かば今帰り来む(まつとしきかはいまかへりこむ)
【決まり字】2字決まり「たち」
超現代語訳
ワタシは、これから因幡の国に行ってくるけど、
因幡山の松のようにワタシを待ってくれているなら、すぐにでも帰ってきますよ!
歌のポイント
- 2人のガールフレンドに贈ったちょっと自信過剰気味な歌
- 100首の中で唯一の「別れ」に分類される歌
- イケメンインテリが詠んだ歌
- 能「松風」の元となったストーリー
歌の情景
この歌は、仕事で因幡の国(現在の鳥取県)へ行く事になった行平が、当時のガールフレンド松風(まつかぜ)と村雨(むらさめ)の美人姉妹に贈ったなんとも思わせぶりな歌です。
語意
【たち別れ】人と別れて
【いなば】現在の鳥取県
【峰に生ふる】いなば山の峰に生えている
【まつとし聞かば】「松」と「待つ」が掛詞。待っていると聞いたならば
【いま帰り来む】すぐに帰ってくるよ
歌の分類
【歌集】古今和歌集
【歌仙】-
【テーマ】恋の歌、別れの歌
【50音】た音
歌を詠んだ人物
【作者】中納言行平(ちゅうなごんゆきひら)
【性別】男性歌人
【職業】上級官人(現代職業:エリート官僚)
【生年】818年(弘仁9年)
【享年】893年9月6日(寛平5年7月19日)
中納言行平は、平安時代初期に活躍したエリート官僚・在原行平(ありわらのゆきひら)です。第51代平城(へいぜい)天皇の孫で、父は阿保親王(あぼしんのう)、そして17番目の歌人・在原業平朝臣(ありわらのなりひらあそん)は異母弟です。皇族の身分として生まれたのに、強大な藤原氏の圧力によりエリート官僚としての生涯と送ります。
その際に各地方での任務を任されました。イケメンでかつインテリだった行平は行く先々でモテモテだったようです。仕事もバリバリして、在原家のために勉強をする場所「奨学院」を作ったりと行動的な一面も持ち合わせていました。「たち別れ~」の歌は、謹慎中に須磨の国(現在の兵庫県神戸市)で詠まれました。ちょっとしたトラブルに巻き込まれ謹慎の身となってしまったのです。
謹慎を解かれようやく新しい任務を任され、因幡の国に向かう際に松風(まつかぜ)と村雨(むらさめ)の美人姉妹に贈ったとされています。二人の美人姉妹は、すぐに帰ってくると言ってくれた行平の帰りをずっと待っていましたが、行平は二度と二人の元に戻ることありませんでした。行平を待ち続けた二人の家は、今でも松風村雨堂(まつかぜむらさめどう)として残っています。