百人一首
【原 文】有明のつれなく見えし別れより 暁ばかり憂きものはなし
【上の句】有明のつれなく見えし別れより(ありあけのつれなくみえしわかれより)
【下の句】暁ばかり憂きものはなし(あかつきはかりうきものはなし)
【決まり字】3字決まり「ありあ」
超現代語訳
フラれたあの日から、早朝はとってもツラいんだよね。
あの時、月が見えていて、月さえもボクに冷たくしているように見えたんだ。
歌のポイント
- 男性が女性にフラれた失恋の歌
- 淡々とした整ったリズムで軽やかな響きだけど、とてもショックを受けている歌
- 「ありあ あか」と覚える
- 早起きできない言い訳に使いたい歌
歌の情景
この歌は、恋人にフラれた時に詠んだ歌です。
当時は、夜更けを迎えてから男性が女性の家に会いに行き愛を深め、早朝に帰るという恋愛スタイルでした。フラれて帰る日、空を見上げたら月からも冷たい視線でみられているようで、それから早朝はツラいんだと嘆いています。
語意
【有明】夜更けに出て、朝になってもまだ見える月
【つれなくみえし】冷淡、薄情
【別れより】別れたときから
【暁ばかり】暁(夜が明ける頃)ほど
【うきものはなし】つらいものはない
歌の分類
【歌集】古今和歌集
【歌仙】三十六歌仙
【テーマ】秋の歌
【50音】あ音
歌を詠んだ人物
【作者】壬生忠岑(みぶのただみね)
【性別】男性歌人
【職業】官人(現代職業:官僚)
【生年】860年(貞観2年)頃
【享年】920年(延喜20年)頃
壬生忠岑は、平安時代前期の官僚で41番目の歌人・壬生忠見(みぶのただみ)のお父さんです。父親は壬生安綱(みぶのやすつな)と言われていますが、詳しいことはよくわかっていません。
あまりにもフツーの官僚でしたが、歌人としては百人一首を作った97番目の歌人・藤原定家(ふじわらのさだいえ)や98番目の歌人・藤原家隆(ふじわらのいえたか)らに大絶賛される腕前で、藤原公任(ふじわらのきんとう)は「和歌九品」で、忠岑の歌を最高位として評価しています。
拾遺和歌集(しゅういわかしゅう)では、最初の歌として選ばれました。歌集の最初の歌は、天皇や皇族の歌が多かったことから、忠岑は歌人として非常に優れていたことがわかります。
三十六歌仙の一人で、勅撰集に81首入っています。